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nature’s diary

ボディートーク療法・身体と心の話・素敵な情報を皆さまにお伝えします。

自分の声に泣く。

ひとりごと 行ってみました 興味津々

 

私の声は低い。

初対面の方に、顔と声にギャップがあるとよく言われることがあります。

小学生の時は、声が高く、授業の合唱ではソプラノを担当したこともあったのに、中学生ぐらいから低くなったような記憶が何となくあります。

女だし声変わりとかではなく、うる覚えだけど自分から低い声を出していたような…

そんなことをたまに、本当にたまに思い出すことがありました。

 

だからといって、特に声にコンプレックスがあった訳ではないのですが、この度ご縁があってボイストレーニングを始めることになりました。

息子のクラスメイトのお母さんが、ボイストレーニングを教え始めたと言う話を聞き、そしてみなっち(ママさんの呼び名です)の声や声帯に関する熱い話を聞いていたら、無性に声と言うものを知りたくなってしまったのです。

そんな私のリクエストをみなっちは快く引き受けてくれ、 今日はそのボイトレの初日でした。

どんなことをするのかな〜、私の声ってどうなんだろう。

カラオケに行くこともあまりなく、最近は子供を叱る時ぐらいしか大きな声を出すことがなかったので、これだけ自分の声を意識することも久しぶりでした。

 みなっちのお家には、防音室があり、そこで電子ピアノに合わせて思いっきり声を出すことができました。

久しぶりに出す大きな声、いろいろな声を出すことへの恥ずかしさもあり、最初はとてもぎこちなかったですが、時間が経つにつれ、心の扉が開くように、解放されていく感じがしました。

そして確実に今まで使っていなかった筋肉が使われ、喉が喜んでいるようにも感じました。

 

レッスンの中で、「子どもの声が一番自由なんだよ。とっても幅広い声が出てたまに羨ましくなる。日本では日常で大きな声を出すことはあまり良くないことと捉えられるけど、子どもの声をよく聞いてみると、何にも制限されていない自由で素晴らし声だと気付かされることがある」と言っていたのがとても印象的でした。

思春期になり相手からどう思われたいか、こんな風に思われたいと周りを意識し始めることによって、声は徐々に制限されるらしい…

そんな話を聞いていたら、私が中学生の頃に声が低くなった理由が何となく分かった気がしました。

私は中学、高校の部活でテニス部の部長をしていました。責任感は多少強かったかもしれません。

色々なタイプの部員たちをまとめ、先生と部員の間の橋渡し、少しは部長として威厳もないと、私がその時選んだ声色は、低い落ち着いた声だったのかもしれません。

その後社会人になると、仕事柄人の前で話す機会は多い方でした。

そこでも、自分が弱くみられないように、一生懸命だったあの時に選んだ声も同じ低い声だったのでしょう。

知らず知らず身に付いた声は、背伸びをしていたあの頃の私の象徴なのかもしれません。

そんな思い出が蘇り、自分の声に対しての色々な思い、何か忘れていた、気付かないようにしていた感情が込み上げてきて、まさかの涙を流しました。

そんな私の声をみなっちは、今の私の低い声も好きだよと言ってくれて、また涙。

 

自分の声の音に耳を傾け、気付いた事実。

今は、自分の声が愛おしく思えます。

そんな風に思えた今回のボイトレとみなっちに感謝したいと思います。

ありがとう。